きもの一筋六十余年 店主87才 世界に冠たる着物の魅力を発信いたします。

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ライオン看板

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戦後復興の象徴ライオン看板

昭和二十年 三月九日深夜十日未明【東京大空襲】
アメリカ空軍軍B29爆撃で
一般市民 10万余人が爆殺された
百万戸以上の家屋が焼失して
東京下町は茫々とした一面の焼跡、焼野原になった
我家は八十数㍍至近迄 延焼中に奇跡的な烈風の向きが
逆転し 我家母子五人が救われた 父は微用中

敗戦後 やっと生き延びた人 復員兵 引揚者 疎開から
帰還の人々が乏しい資材で 粗末なバラック建築
小さな家を構え 商いを始めた
働いて働いて 必死に働いて 日々の暮しと
明日への望みをつないだ
商いは軌道に乗ると 競って各店舗が店看板を揚げた
ペンキ塗りのトタン看板で造作 ライオン看板呼称
前面のみ立派 後ろはお粗末
ライオンのたてがみの如くと 東京っ子らしい自虐ネタ
洒落の(ネーミング)上野・浅草など下町全域の
流行り看板になった

昭和二十年二年ひらさわ呉服店
戦火の焼残りの責務と考え家屋全面の生垣を取り払って
店舗増築をして ライオン看板建造した
ライオン看板は 前面道路五㍍ 脇道路四㍍から四つ角の立地を活した
ライオン看板を建造した
前面五間横三間袖先一間 全長十一間の
【都内最大級の店看板】が完成した。

ライオン看板 History

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    【昭和二十年代】
    看板文字が
    洋式左から右
    和式右から左
    が共存している
    店主のおぼろげな記憶では、
    二十年代に二、三度の修復した

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    【昭和三十年代】
    瓦屋根の軒下に燕の巣がつくられた
    から

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    【昭和四十六年】
    近隣よりの延焼により
    家屋全焼
    【昭和四十八年】
    ライオン看板再建し
    上部に大看板を新設した

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    【昭和四十七年以降撮影】

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    【平成二十一年一月撮影】

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    【平成二十一年四月撮影】
    都内唯一になった
    ライオン看板修復

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    【平成二十九年四月撮影】
    平成最後の修復工事中
    マスコミ注目

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    【平成二十九年四月撮影】
    朝日新聞・毎日新聞・
    東京新聞に記事掲載

ライオン看板 Gallery

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  • lionsign

    平成二十五年五月三十一日
    なぎら健壱氏撮影

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    TBSTV「ちい散歩」 地井武男氏 画

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    ペン画 姜俊成氏 画

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    独立画展 伊藤崇人氏 画

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    東京新聞平成二十四年三月二十七日

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    朝日新聞平成二十年九月六日

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    東京新聞平成二十九年四月二十五日

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    朝日新聞 川の手版 平成二十九年五月二十四日

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    毎日新聞 平成二十九年六月八日

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